2014年2月16日〜28日
2月16日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

「おれは歓迎されてないみたいだね」

 ジェリーは席も与えられず、さみしそうに突っ立っていた。

 おれは聞こえないふりをした。

 ウォルフは護民官と電話した後、黙ってオフィスを出てしまった。無表情だったが、激怒していた。

 護民官はおそらく、ごまかしをやったのだ。ヤヌスにこっちの真意をぶつけず、多忙のせいとかなんとかいって、仕事の振り分けを握りつぶしたのだ。

「みんな、いるか」

 当の護民官が来た。


2月17日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕
 
 護民官はジェリーをおれたちに紹介した。

「彼はロス市警にいた。犯罪捜査のプロだ。今度の事件でも即戦力になってくれる」

 キートンが聞いた。

「デクリオンはどうしたんですか」

「彼は休暇だ」

 オフィス内がざわめいた。護民官はそれを無視して、

「彼の復帰まで、オプティオが指揮をとれ。ヤヌスと連携して、すみやかに盗難事件を解決しろ」

 オプティオのベルクソンが聞いた。

「うちは犯罪捜査はやらないのでは」

「顧客宅で起きた事件は、護民官府の管轄だ」

 それが規則だ、と言った。


2月18日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

ベルクソンはしぶしぶ仲間に指示を出した。

「ペドロは今の件が終わったら加わってくれ」

「おれは?」

 とジェリーが聞いた。だが、ベルクソンは電話をとりつつ出て行ってしまった。

「おれは帰っていいのかい?」

 ほかの人間も答えない。不機嫌そうにそっぽをむいている。
 ジェリーはおれを見た。

 くそ。なんで見るんだ。

 おれはヤヌスは嫌いだ。クソだと思っている。
 だが、子どもじみた意地悪はしたくない。

「おれの仕事を手伝って。さっきの浮気犬の件」


2月19日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

おれはジェリーを連れて、護民官府を出た。

「CFに行くんじゃないのかい」

 ジェリーは車に乗らないのか、といぶかった。

「CFなんて行く必要ない。プリンキピアでこと足りる」

 地下を歩く間、おれたちはあまりしゃべらなかった。ヤヌスは敵だ。フェアではありたいが、友だちづきあいする必要はない。

「今日はダメだ」

 プリンキピア(軍団本営)の情報分析室は、おれの依頼を断った。ここにくれば犬の発信機から、行動を把握できるのだが。

「いまは盗難事件のデータが最優先なんだ」


2月20日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 浮気事件に緊急性はない。よって後回し。

 締められたドアの前で、ジェリーが言った。

「CFに行くかい?」

 CFには行かない。おれは浮気犬の友だち、バジルの主人に連絡をとった。
 愛犬にインタビューする許可をもらう。

「しゃべらないぜ」

 車のなかでジェリーはぼそっと言った。

「おめえだってしゃべらねえだろ」

 犬たちは仲間の浮気に関して、口がかたい。外でも男の結束はかたいものだが、ここは特にそうだ。場合によっては命がかかっているからだ。

「しゃべらないことから、わかることもある」


2月21日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 「クソッ、あの電話か――。そんな話だと思わなかったんだ」

 バジルは額をおさえた。

 バジルは活発そうな若い犬だった。冬でもTシャツ一枚で、鍛えられた筋肉を見せている。

 カンもいい。こちらが友人レネの交友関係について聞いた途端、浮気調査だと察した。

「悪いが、その話ならノーコメントだ。彼が浮気しているというんじゃなくて、とにかくノーコメント。信用にかかわるんでね」

「浮気してないなら、そう言えばいいじゃないか」

「ダメ、ダメ」

 彼は立ち上がろうとした。


2月22日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

「なにも話せない。おしゃべりは、誰にも相手にされなくなる。これ以上のインタビューはお断りだよ」

「だが、きみが黙っていたことが、かえって疑わしく」

「まあ、座りなよ。ワン公」

 これまで黙っていたジェリーが言った。

「こっちは調べようと思えば、やつをひっくり返してケツの穴を調べることもできるんだ。すぐバレる。犬のDNAは全部登録してあるからな。だが、そこまでいくと『寝ていた』ってことまで確定しちまうぜ」


2月23日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

(ちょっと、おじさん――)

 おれはあわてたが、ジェリーはやめない。

「からだの浮気は悲劇だぜ。旦那は一生ひきずるし、さようならってことにもなる。いまなら『プラトニックなおつきあい』で済ませることもできるんだ。ビンタ一発で済む。そいつのほうが友だちに親切ってもんじゃねえのか?」

 バジルはあざわらった。

「じゃ、さっさとひっくり返せよ。ぼくに聞くな。なんなら、ぼくの尻も見るかい?」

 それは許さん、と大きな手が彼の肩に置かれた。



2月24日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 松の大木がゆらっと傾いたような大男がそばにいた。

 この家の主人だ。メキシコの有力な一家の出だが、100人ぐらい殺してきたような眼光の鋭さだ。なぜかシャツに乾いた土をつけている。

「パパ。大丈夫だよ」

 バジルは彼の袖から土を払ってやり、

「レネのことなんだ。彼らも仕事なんだよ」

「そうか。でも、坊やに無礼が過ぎるようだ。帰ってもらおう」

 おれたちは玄関に追われた。ジェリーはふりかえって聞いた。

「墓でも掘ってたんですか」

「坊やのプールだ」

 主人は憮然と言った。


2月25日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

「おい」

 門を出て、おれはジェリーに言った。

「あの態度はなんだ。あの犬は客の持ち物なんだぞ。主人はパトリキだ」

「だから?」

ジェリーはげじげじ眉を吊り上げた。

「聞き込みにきたんだ。肝心なこと聞くべきじゃねえのか」

「聞き方があるだろ! あの犬は路地裏のヤクの売人やタレコミ屋じゃないんだ」

「どうしろってんだ。お天気や野球の話をしろってのか」

「だから、うちは――」

 ペドロ、と声をかける者があった。

「何してんの、ここで」

 新人のキートンだ。


2月26日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

「おまえこそ、何してんだ」

「何って聞き込み。ここ、現場の隣」

 見ると、隣家の入り口に黄色い立ち入り禁止のテープが貼ってある。酒泥棒事件の家は、そこなのだ。

 キートンはニヤリと言った。

「ここの犬バジル・コーエンは棒高跳びの選手なんだ。どう思う?」

 チラと興味をひかれたが、肩をすくめた。

「いま行くと歓迎されない、と思う」

「そうなの?」

 おれはジェリーと地下へ向かった。
 酒泥棒の現場は見てみたかったが、中には仲間がいる。ジェリーを連れて行くと、いやな顔をするだろう。


2月27日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

「犬は浮気してないようだぜ」

 ジェリーは車の中に入ると、小さいからだをそらして伸びをした。

「この件はケリだ。レネちゃんは消化不良でもおこして、虫の居所が悪かった。次だ」

「あんたの憶測を話して済むなら、世話はないよ。浮気してないってなぜ思うんだ」

 ジェリーはむっつり言った。

「思うから、思うんだよ」

「――」

 カンかよ。

 しかたなく電話を取り出すと、

「浮気してたら、ああいう答えにはならねえよ。あの小僧は何か隠してるが、色気とは関係ねえこったと思うぜ」


2月28日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 カンの話ではどうしようもない。

 それに、浮気をしていないとなると、それもまた証明しなければならないのだ。それは浮気の証明よりももっと面倒だ。

 おれはある犬の主人に電話をかけた。

「ロニーに、水泳クラスのことで話を聞かせていただきたいんですが」

 主人は許可してくれた。

 レネはひと月前まで、水泳クラスをとっていた。ひと月前、誰かとケンカしてやめたという。

 おれはブレーキを倒して言った。

「あんたはここに残るか、黙っているかしてくれ」


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